日系人は、2017年時点で、世界に380万人いると言われています。
外務省の定めた「日系人」の定義は、
「日本国籍を有する永住者(原則として当該在留国より永住権を認 められており、かつ重国籍を含めて日本国籍を有する者)及び日本国籍を有しないが日本人の血 統をひく帰化一世、二世及び三世等の双方を含む。」
(日系人の定義は、上記のような公的なもの以外にも、研究者によるものを含め、様々なものがあります。)
日系人の出身地域
1885~1894年および1899~1972年の集計では、海外へ渡った移民の人数は、都道府県別で表すと以下の通りです。
1位 広島県 109,893人
2位 沖縄県 89,424人
3位 熊本県 76,802人
4位 山口県 57,837人
5位 福岡県 57,684人
6位 和歌山県 32,853人
これを見てわかる通り、海外への移民は西日本出身者が多数で、東日本からはほとんど移民がでていないのがわかります。その理由としては、移民先のハワイやブラジルのような暖かい気候に、西日本出身者の方が慣れているし、適しているだろうとされたこと。それから、西日本では、地方の行政機関(市町村)が窓口となって、移民募集をしたため、人々が安心して応募できたとの説もあります。また、広島県民と山口県民からハワイへやってきた移民は清潔・勤勉との報告があったそうなので、これらの県からの移民が歓迎され、移民増加の流れが促進されたとも考えられます。
ハワイから南米諸国へ
海外移民の最初の行先は、主にハワイで、契約移民や自由移民として懸命に働き、財を成した日系人は、米国本土へ進出したわけですが、米国内の土地を買い求め始めた日本人移民を白人がおそれ、日本人は帰化不能外国人と裁定され、日本人への差別的な待遇を規定した出身国別移民割当法が1924年に制定されました。同時に、米国政府が日本政府に対し、米国への移民送り出し自粛を求めたことから、これまでのハワイ・米国への移民送り出しの流れは止まりました。
これにより、今度は、移民の行先は、ブラジルやペルーなどの南米諸国となりました。
今日でも、海外に住む日系人の6割が中南米に在住していると言われています。
日系人の分布図(公益財団法人海外日系人協会ホームページより引用)

沖縄系移民
私が一番身近に知っているのは、沖縄系移民です。沖縄系移民の歴史や文化を学ぶたびに、初めて知ることが次々に増えていきました。写真花嫁として海を渡った女性たち。第二次世界大戦中、強制収容所で隔離されたり、家族を守るため米国の軍隊に志願して従軍したりという苦難。戦後荒れ果てた日本を支えようと、手元の僅かな財産からお金や物資を工面し、日本へ送ってくれた救援物資。
また、彼ら、彼女らのコミュニティーをみていると、沖縄から遠く離れたところで、古式ゆかしい言葉を使ったり、古くからの伝統的な文化・習慣を維持し、受け継ぐ活動が積極的にされていると感じます。古くからの伝統を守りながら、コミュニティー外の人々へも移民の文化を紹介する伝道師的な役割を担っているようにも思います。
古くからのものを守り継ぐだけではなく、移住した地域の言葉や文化と融合させ、新たな言葉が出来たり、新たな料理のメニューを作り出したりと、温故知新で柔軟に発展してきたところも見られます。
このような特徴は、沖縄系移民だけでなく、全ての日系移民コミュニティーに共通してみられるものだと思います。
日系人は、まさに、日本と移住地の国をつなぐ架け橋的存在です。
日系人との交流を保ち、良好な関係を続けることで、自他共栄の社会が築ける。私はそう信じています。